「褒めて伸ばす」という言葉は、管理職になってから何度も聞いてきた。確かにそうだと思っていた。だから私は、部下を意識して褒めるようにした。
でも、正直に言う。褒めても、何も変わらなかった。むしろ、スタッフが少し困惑しているように見えることすらあった。
「なんで効かないんだろう」と悩み続けて、あるとき気づいた。私がやっていたのは「褒める」ではなく、「褒める演技」だったのかもしれない、と。
「褒める」が空回りする理由
管理職研修で「褒め方」を学ぶと、型が出てくる。「具体的に」「すぐに」「人前で」。確かに正しい。でも、その型通りにやっても響かないことがある。なぜか。
私が気づいたのは、「褒める」という行為が、どこかで「相手を動かすための手段」になっていたということだ。「これを言えば、もっと頑張ってくれるだろう」という下心が、言葉の裏ににじんでいた。
人はそれを感じ取る。特に医療・介護の現場のスタッフは、日々患者・利用者の微細な変化を読み取る仕事をしている。空虚な賞賛を見抜く感度が、自然と高くなっている。
「認める」は何が違うのか
あるベテランの管理職の先輩に言われた言葉が、今も残っている。
「褒めるのは評価。認めるのは存在への関心だよ」
最初は抽象的すぎてよく分からなかった。でも、少しずつ意味が分かってきた。
「褒める」は、相手の行動や結果に対して「良い・悪い」を判断してフィードバックすること。一方「認める」は、相手が「そこにいること」「そのやり方でやっていること」に気づいて、それを言葉にすること。
たとえば、部下が患者のケアを丁寧にやっていたとき。「よくやったね」は褒める。「さっきのケア、ゆっくり時間かけてたね」は認める。事実を口にするだけだが、これが全然違う。
私が実際にやってみて変わったこと
「認める」に切り替えてから、最初に変わったのは相手の表情だった。
「そんなこと気づいてたんですか」という驚きの反応。あるいは、少し照れながら「そうですかね……」とつぶやく表情。褒めたときとは明らかに違う、リアルな反応だった。
「認める」は、相手が「見られている」と感じることにつながる。見られているとは、評価されているのではなく、存在を意識されているということだ。これは人にとって、思った以上に大きい。
そして、もう一つ変わったことがある。私自身の視点だ。「何か認めることがないか」と意識すると、部下をよく観察するようになった。指示を出すためではなく、ただその人の仕事ぶりを見るために。その視点の変化が、管理職としての関係性を変えていった。
「認める」ために必要なこと
「認める」には、特別なスキルは要らない。必要なのは「観察」だ。
部下が今日どんな仕事をしていたか。どんな場面で踏ん張っていたか。何が得意で、何に迷っているか。それを日々少しずつ意識して見る。そして、気づいたことを言葉にする。それだけでいい。
「最近、記録が早くなったよね」「難しい患者さんのケア、ずっと続けてるね」「今日の申し送り、すごく分かりやすかった」——評価じゃない、ただの観察の言葉。でもそれが、人を動かすことがある。
褒め方の前に「見方」を変える
管理職の仕事で、「いかに部下を動かすか」を考え続けてきた。でも今は少し違う問いを立てている。「いかに部下をよく見るか」だ。
見ていれば、認める言葉は自然と出てくる。そしてその言葉が、じわじわとチームの空気を変えていく。劇的な変化ではない。でも、確かな変化だ。
もし今、褒め方に悩んでいるなら、一度「褒める」をやめて「認める」だけやってみてほしい。変わるのは相手だけじゃなく、自分の目線かもしれない。
※この記事は個人の経験と見解に基づくものです。