「自分はいいから、スタッフを優先しよう」——そう思い続けてきた。
有給を取るより業務の引き継ぎを優先した。残業を厭わず、チームが回るように動き続けた。自分の不調は後回しにして、まずスタッフの環境を整えた。
それが「良い管理職」だと思っていた。でも、その状態が何年も続いたとき、身体が動かなくなりかけた。
「自己犠牲」が美化される職場の空気
医療・介護の職場は、「献身」や「奉仕」が価値として根付いていることが多い。それは職業の本質でもある。でも、それが管理職の「自己犠牲を当然とする空気」につながっていることがある。
「管理職なんだから」という言葉が、自分を後回しにする正当化に使われる。休めない、言えない、頼れない——そういう状態が「仕方ない」として固定されていく。
でも考えてほしい。自己犠牲が続いた管理職は、長期的にチームを支えられるか。答えは「No」だ。
自分を消耗させることのチームへの影響
管理職が消耗した状態でいると、チームにどんな影響が出るか。
判断力が下がる。些細なことでイライラしやすくなる。スタッフの変化に気づけなくなる。新しいことに取り組む余裕がなくなる。——これらは全て、チームの質に影響する。
「自分を犠牲にしてチームのために働く」ことが、実はチームを疲弊させていることがある。管理職の状態は、チームの空気に直接伝わる。
「自分を守る」ことの再定義
「自分を守る」という言葉が、「わがままだ」「逃げだ」と感じる人がいる。でもここで言う「自分を守る」は、自己中心的な行動ではない。
「管理職として長く機能し続けるための、必要なメンテナンス」だ。車が走り続けるためにガソリンを補給するように、管理職が機能し続けるためには、回復の時間と行動が必要だ。
休む、頼む、断る——これらは「サボり」ではなく「持続するための行動」だ。
「自己犠牲なしで貢献する」という目標に変える
「自分を犠牲にしてチームに貢献する」から「自分を保ちながらチームに貢献する」へ——この目標の変換が、管理職としての持続可能性を作る。
具体的に変えることは小さくていい。昼休みをちゃんと取る。有給を一日取る。残業を一日減らす。その一つ一つが「自己犠牲なしで貢献する練習」だ。
チームのために動くことと、自分を大切にすること。この二つは、矛盾しない。むしろ、後者が前者を長続きさせる。
※この記事は個人の経験と見解に基づくものです。