中間管理職の仕事の本質は、「板挟み」だと思っている。
上司からは「もっと生産性を上げろ」「残業を減らせ」と言われる。同時に、部下からは「人手が足りない」「業務量が多すぎる」と言われる。どちらも正しい。でも、両方を同時に解決する手段が手元にない。
このジレンマをずっと「自分の力不足」として受け取ってきた時期があった。でも今は違う見方をしている。
板挟みは「役割の構造」から生まれる
上司と部下の間に立つ中間管理職は、構造的に矛盾した要求を受け取る立場だ。組織の方針と現場の実態が違う——これは多くの職場で日常的に起きている。
この矛盾を「あなたが解決すべき問題」として受け取り続けると、心が壊れる。でも実は、解決できない矛盾もある。それは個人の力の問題ではなく、組織の構造的な問題だ。
「板挟みで苦しいのは、自分が無能だからではない」——この認識が、最初の一歩だった。
「翻訳者」という自己定義が楽にさせた
板挟みを「両方から板に挟まれている」と見るのをやめた。代わりに「翻訳者」という役割として捉えるようにした。
上司の言葉を現場の言葉に翻訳する。現場の声を上司の言葉に翻訳する。両者の言語を理解しているからこそ、間に立てる。それは挟まれることではなく、つないでいることだ。
この見方に変えてから、板挟みの感覚が少し変わった。状況は同じでも、自分の役割の意味が変わった。
「どちらかの味方をしなくていい」と気づいた
板挟みのストレスの一部は、「どちらの味方をするか」を迫られているように感じることから来ていた。
部下の不満に共感しすぎると、上司への不信感を共有することになる。上司の意向を完全に代弁すると、部下からの信頼を失う。どちらに寄っても何かを失う気がして、消耗していた。
気づいたのは「どちらの味方でもない、チームの味方でいればいい」ということだ。上司の意向も、部下の声も、組織全体にとって何が最善かという視点でフィルターにかける。すると、どちらかに偏らなくていい理由が生まれた。
解決できないことに「割り切り」を持つ
正直に言うと、板挟みが完全になくなることはない。それは中間管理職という役割が存在する限り、構造的に続く。
変えられることと変えられないことを分けること。自分にできる範囲で動き、それ以上は「組織の問題」として切り離すこと。この「割り切り」を持てるかどうかが、この仕事を長く続けられるかどうかを左右する、と思っている。
板挟みで苦しいなら、それはあなたが職場を真剣に考えている証拠だ。ただ、その真剣さが自分を潰す前に、少し「軽くする」視点を持ってほしい。
※この記事は個人の経験と見解に基づくものです。